頼む 俺を 俺だけを 失われた時間、得た時間 「あ、敦賀さん!!」 そう言って嬉しそうに駆け寄るキョーコ。 迎える側である敦賀蓮もTVでは決して見せないような甘い笑顔を貼り付けている。 偶然見かけてしまったそれは数日前のことを思い出させるには充分すぎた。 *** 「『敦賀蓮・京子。婚約発表記者会見!!』・・・・・・・?」 信じられないものを見た、が第一感想。 これは夢じゃないのか、が第二感想。 そして・・・・・。 もう俺の元には戻ってこないのだ、というのが、第三感想であり最終感想でもあった。 誰もいない、祥子さんすらいない一人ぼっちの楽屋で、椅子の背凭れに体を預け何ともなしにただ天井を見上げる。 何だろう、この気持ちは。 いや、本当は分かってる。 分かっていて気づきたくないのだ。 「はっ・・・・」 自嘲の笑いすらどこかぎこちない。まるで油の切れたカラクリ人形だ。 (分かってる、分かってるんだ) いくら言い聞かせても俺の中の残像は消えない。それどころか益々鮮明になってきているような気さえする。 あの頃の残像が、俺の中からは決して消えてはくれない。 そして俺も――――――おそらくは、それを消したくはないのだろう。 『ショーちゃん!大好き!!』 消えてくれない。消したくない。けれど消さなければならない。 ジレンマが段々と俺を追い詰める。容量がデカすぎて頭の回路がショートしそうだ。息も苦しい。 「キョーコ・・・・・・・・」 たった一言名前を呼ぶだけで。 俺だけに向けていた満開の笑顔を思い浮かべるだけで。 引き止めようと。 奪い返そうと。 カラダが自分の意思とは関係無しに動き出そうとする。走り出そうとする。 これを。この感情の名を自分は知っている。決して認めたくないその感情。 恋慕 「バカみてぇじゃねぇか」 引き止めたくとも、もう彼女はアイツと共に歩んでいるその足を止めはしないだろう。 奪い返したくとも、もう彼女は俺には目もくれず、無理矢理奪おうものならまたあの泣き顔を見せるのだろう。 今更。 そう、今更過ぎたのだ。 今更、こんな感情を抱いていることを認めることになるなんて。 「どうせならずっと隠れてりゃいいもんをよ・・・・・・」 瞼を下ろせば暗闇の世界が見えた。 *** はっと我に返れば騒がしいTV局のロビーであの二人は相変わらず楽しげに話をしている。 それがどうしようもない敗北感を俺に味わわせた。 灼熱のような熱さがカラダを通り抜ける。 けど、 『カッコワルイ俺は俺じゃない』 だから、 これくらいの事は許してくれよ? 「よお、キョーコ」 二人に近づいて彼女の名だけを呼ぶ。敦賀蓮の名前なんて呼びたくもねぇ。 敦賀蓮は柔らかな笑顔のままだったがやや険しいものを含んだ視線になり、キョーコはしばらく動きを止めた後ゆっくりと振り返った。 「何よ・・・・・・・・ショー」 前より刺々しさはなくなった、だからといって決して不快感が消える訳ではない。 そんな顔でキョーコは俺を見た。 そんな顔にまた俺の胸は騒ぎ出す。 『奪っちまえよ』 『元々キョーコは俺が好きだったんだぜ?甘い言葉の一言ぐらい囁いてやりゃいいさ』 『そうすりゃ敦賀蓮にも敗北感を味わわせわれるだろ?』 ・・・・・・・・黙れっ!!!! 違う。そんな事をしたいんじゃない。 ――――――あの泣き顔を、見たい訳ではない。 「・・・・・・ショー?」 声を掛けたまま黙り込んでしまった俺を訝しく思ったのかキョーコが俺の名を呼ぶ。 今はそれすら切なくて。 さっさと声を掛けた目的を果たして帰ろうと思った。 「婚約、おめでとさん」 まさか俺がこんな事を言うとは思ってもいなかったのかキョーコの目が大きく見開かれる。心なしか敦賀蓮の目も大きくなっている気がする。 はっ!してやったりだぜ。 「じゃあな」 小さな勝利感を味わいながら身を翻す。カッコイイ男の去り方の見本だぜ、全く。 「・・・・・・っショーちゃん!!!」 もう、一生呼ばれる事が無いだろうと思っていた『幼馴染み』としての俺の名前。 驚いて思わず振り向くと泣き出しそうな、嬉しそうな、哀しそうな、複雑な顔のキョーコがいた。 「ありがとう。」 そしてふわりと浮かべられた、いつかと同じ。いや、それ以上にキレイになった満面の笑顔が。 痛いほど、俺の心を震わせた。 「・・・・・ああ」 そして、それだけで温かくなる俺の心。 随分安上がりなもんだと自分でも思うがそれでもなっちまうモンは仕方がねぇ。 お前を酷く傷つけてしまった俺がこんな事を言えた義理でもない。 けれど。 幸せになれよ、キョーコ。 今の時間だけで俺はもう充分だから。 ただ、今度会うときはいつも通り他愛も無い口喧嘩をしてくれよ? そして、そんな態度を見せるのは、頼むから俺だけにしてくれよ? これだけは敦賀蓮にも譲れねぇ。 |