君は知らないだろう。 「あ、敦賀さん!!お疲れ様です」 「・・・・・ああ、君もお疲れ様」 彼女はドラマで共演中の女優、「京子」こと最上キョーコ。 呼びかけられた彼の――敦賀蓮の――想って止まない女性である。 それは思いを自覚した数年前から変わる事無く、いや、一層鮮やかに彩られていく彼の中で唯一変化のあるものだった。 「今日の敦賀さんの演技も凄かったですね!!私途中で何度も引きずり込まれそうになりましたもん!」 最初は心底感嘆したというように明るく元気に、最後は役者のプライドが疼くのか悔しそうに唇を噛み締めて。 そんな彼女の姿にも一々反応しようとしてしまう腕が、体が、想いが。 「けどその内絶対に追いついて――いえ、追い越して見せますから気を抜かないで下さいよ」 ニッ、っと笑ったその顔はけれどそんな不埒な想いを吹き飛ばしてしまうものだった。 そうだ、彼女は今は「女優」として話をしている。 ならば自分も「俳優」として答えなければならないだろう。 「そればどうだろう」 わざとはぐらかすように言えば予想と寸分たがわず返ってくる彼女の反応。 「なっ?!何でそんなこと言うんですか!!」 顔を憤慨に紅く染め、頭から煙を出しそうに怒っている。 その様は今にも殴りかかってこんばかりだ。 「だって君が成長している間に俺はもっと成長するだろうしその分差は縮まらない。これは明白だね。」 彼女が二の句を継ぐ前に更に畳み掛けるように蓮は言った。 「それにそもそも。・・・君はにょきにょき伸びる雑草のように早々と実力を伸ばせるとでも思っているのかい?」 止めに大袈裟すぎるアメリカンジェスチャーでふー、と肩を竦めて見せる。 彼女は怒りに顔を紅くしたまま暫し口をパクパクさせていたかと思うとギロリといつかの「未緒」のように睨み付けてきた。そして振り返り様に一言。 「意地悪な敦賀さんなんて知りませんっ!!」 そのまま彼女は楽屋のある方へと走るより早いのではないかという速さで歩いていき、その姿はあっという間に見えなくなった。 蓮はと言えば社が言うにはその辺の女の子なら腰が蕩けそうな顔、キョーコ命名神々スマイルでその後姿を見えなくなってもずっと見送っていた。 (君は、知らないんだろうな) 君と話すだけで世界が極彩色に染まる男がいる事など。 君の一挙一投足で感情が激しく浮き沈みする男がいる事など。 ましてやそれが「敦賀蓮」であることなどは絶対に。 ああ、けれども。 君が居るというだけで、世界はこんなにも愛おしい。 *とりあえずなんの展開もないまま「DARK MOON」数年後、ってことで。 *「自分に幸せになる資格はない」って思ってる蓮だからこう思えるのでは、と。 |