02 『未緒のためのドラマ』 その一言を聞いてからキョーコはそれが気になって仕方なかった。いや、演りたくてたまらなかったというのが正しいだろう。 自分が大切に育て、有り難いことに高評価を貰った『未緒』。 その『未緒』をまた演れるのだ。役者として、こんなに嬉しいことがあろうか。 「あ、けどそんな風に続編作っちゃって原作者の方の方は大丈夫なんですか?」 けれどキョーコの中を過ぎった一抹の不安。 それは「月篭り」の原作者の意向である。原作者がNOと言えばいくら映像化したくともできない。 だがそんなキョーコの不安を払拭するかのように緒方は喜色満面で語りだした。 「それがですね、京子さん!萩月さんも非常に乗り気でいらっしゃって!!」 「ええ?!あの萩月さんがですか?!」 「そうなんですよ!!反対されるかもしれないと思いながら伺った彼の自宅で僕から切り出すまでもなく彼の方から!!」 緒方が興奮気味に話すのも無理はない。 萩月修と言えばデビュー作の「月篭り」が一躍ベストセラーに。その後も世に言うヒット作の数々を生み出したいわば出版界の大御所である。 そして現役を退いた今でもそれは変わりなく、多大な方面に顔が利くともっぱらの評判である。 「『自分が生み出した、自分の子供のようなものなのに自分はその本質に気付いてやれなかった。だからそれを引き出してくれた京子さんは勿論、それを映像化してくれた緒方君にも感謝している。君が次クールのドラマの監督をする事は知っている。だからどうかする内容が決まっていないなら私が書き下ろした未緒の為のドラマをやってもらえないだろうか。できることなら脚本も私に任せて欲しい。』先生は、そうおっしゃいました。それでどこか迷いのあった僕の気持ちも吹っ切れたんです。」 『監督』の顔になり、緒方は再度キョーコに向き直った。 「改めて依頼します、京子さん。このドラマに・・・・『FULL MOON』に主演女優として出ては貰えませんか」 ここまで言われて引き下がるようでは一流の役者にはなれない。 何より演りたい。 『未緒』をまたやりたくてたまらない。 「はい、私で良ければ」 「本当ですか?!うわー、ありがとうございます!!」 子供のようにはしゃぐ緒方を見て微笑ましくなりながらもふと疑問に思ったことをキョーコは聞いてみた。 「そういえばどんな風なドラマにするんですか?」 「それはですね。―――姉と自分を比較する母が憎い。たった一つ自分より秀でたものがあっただけで自分に傷をつけた姉が憎い。自分の欲望のために実の弟夫婦を陥れた父が醜い。何より自分と似た境遇でありながら周りに光を振りまき、最終的には嘉月と幸せになった美月が羨ましく、妬ましい。―――そんな感情から逃れられない未緒がある青年との出会いで段々と解放され、蝶のように羽化していく――京子さんの言う『悪い魔法』が解かれるってことですね――、そんな、ある意味初恋のような初心なドラマを今回は作りたいんです。萩月さんもそれには同意して下さって!今は全体を通した脚本を書いて下さってるんです」 それはキョーコが『未緒』を掴んだときに思ったこと。 悪い魔法から解放され、本来の彼女の姿に戻してあげてと切に思った。 それを、原作者である萩月が話を書き下ろし、更には脚本にまでしてくれると言う。 キョーコは緒方の興奮が移ったかのように気分が高揚していくのが分かった。 「あ、そういえば青年役は誰になるんですか?」 「青年役ですか・・・・・・・・」 キョーコの初歩的とも言える質問。それを聞くと緒方は悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべ、わざとらしく焦らしてみる。 「か、監督?」 思わずごくりと唾を飲み込んだとき、ようやっと緒方は口を開いた。 「敦賀君ですよ」 (なん・・・・・ですって?) |