01 ここはいつもと変わりないLME。その廊下をドピンクつなぎを着てモップ掛けしている少女の姿があった。 少女はいつになくご機嫌そうにその仕事を精力的にこなしている。それというのも、20年前の復刻版であり、少女自身も出演した『DARK MOON』が前作『月籠り』を遥かに超える視聴率を叩き出し、正に偉業とも言える結果を残したからである。 出演者たちはあちこちの番組、ドラマ、そして映画にと引っ張りだこになり、その演技を褒め称えられた。 それはここにいる『本郷 未緒』を演じた京子こと最上キョーコも同じなのだが本人は何処吹く風。 と言うより、元より自分を過小評価するきらいのある少女は自分に向けられた好評価に全く気付いていなかった。 「もっ、最上く――――――――――んっっっ!!!!!!」 と、その時、彼女の配属先の主任である椹が真っ青な顔をして彼女の元に走ってきた。彼女の元に着いた時には行きも絶え絶えである。 「だ、大丈夫ですか、椹主任?」 「だい・・・じょ・・・・ぶだっ!!それよ、り・・・・・社長、室っ・・・・・・行って・・・・くれっ・・・・・・」 「え?でも今のお仕事途中なんですが・・・」 「いいから!!!」 鬼気迫る、とでも言うのだろうか、その時の椹はいつもとは反対にキョーコを怯ませる程の迫力を放っていた。 「は、はい!!行ってきます!!」 そのため、キョーコはモップも放りだして社長室目掛けて走り出した。 *** 所変わって社長室前。 キョーコは全力疾走できた為、息を必死に整えていた。 いつも通り豪華すぎる扉の前に立ち、よしっと気合を入れてノックする。 「最上です。何か御用でしょうか」 「最上君か。入りたまえ」 「失礼します」 扉を押し開け、中に入ると社長以外に予想外の人の姿があった。 「ええ?!緒方監督?!」 「あ、京子さん!こんにちは」 「あ、はい、こんにちは。ご無沙汰しております!」 礼儀正しいキョーコは年上でしかも名実共に名監督である緒方に先に挨拶されてしまい、焦って挨拶し返す。 「ところで緒方監督、何故社長室にいらっしゃるんですか?」 「ああ、実はですね!『DARK MOON』が好評だったものですから次クールの連続ドラマも僕が監督できることになったんです!」 「そうなんですか?!おめでとうございます、緒方監督!!」 「ありがとうございます〜」 そこだけほわほわとした空気が漂う中、コホンと一つ咳払いが聞こえた。そう、部屋の本来の持ち主であるローリィ宝田である。 「まずは最上君、まあ椅子に掛けたまえ」 「あ、はいっ!失礼します!」 キョーコがおずおずとローリィの正面、緒方の隣に座ってからローリィは話を切り出した。 「でだ、緒方君。君は女優『京子』に用があって此処に来たのではなかったのかね?」 「そうでした!僕ったらついうっかり・・・・・」 照れ笑いをする姿も儚く、女性と言ってもいいほどで。 キョーコは少々自分と比較して落ち込んでみたりした。 (あああああ・・・・・!これがバカショータローの言ってた色気?!色気ってやつなの?!) 「・・・うこさん、京子さん?」 「はっ!!す、すみませんちょっと考え事を・・・・・。で、何でしょうか?」 「ですからですね、この連続ドラマ――『FULL MOON』に主演女優として出てはもらえませんか?」 キョーコは固まった。それこそ10秒や20秒ではなく分単位で。 そうして養成所で培われた声量を最大限に駆使した台詞を社長室から言い放った。 「わ、私が主役ですかあーーーーーーーーーーーーっ?!!!!!!」 まだ混乱でフラフラとする頭を押さえながらキョーコは状況を整理しようと必死だった。 「な、なんでこんな新人と言うのもおこがましい様な私にこんないいお話が・・・・・?」 今緒方は『主演』と言わなかっただろうか。 『主演』ということは『主役』ということで毎回出番があって・・・・・・? 「どうしてもなにも、このドラマは京子さんが主役でないと始まらないからですよ」 ふんわり、と和やかな笑顔を浮かべながら緒方はキョーコにとっては謎の一言を言い放った。 「わた、しが?」 「ええ。このドラマはいわば『DARK MOON』の続編。けれど主役は嘉月と美月じゃない」 「まさ、か」 「そうです。これは『未緒』のためのドラマなんですよ、京子さん」 『未緒のためのドラマ』その一言がキョーコの中にある京子の魂を激しく揺さぶった。 |